5α還元酵素とは?【医師監修】

5α還元酵素(5 alpha reductase|5αリダクターゼ)は、体内でテストステロンをジヒドロテストステロン(DHT)というより強力なアンドロゲン(男性ホルモン)に変換する酵素です。この酵素は、男性や女性の体内に存在し、主に性ホルモンの調節に関わっています。しかし、この酵素の過剰な活性化やDHTの増加がAGA(男性型脱毛症)などの原因となることが知られています。本コラムでは、5α還元酵素の役割や種類、AGAとの関係、およびその制御方法などについて紹介していきます。
- 1. 5α還元酵素の基本的な役割
- 1.1. テストステロンとDHTの変換
- 1.1.1. 男性性器の発達
- 1.1.2. 第二次性徴の発現
- 1.1.3. 成人期の生理機能
- 2. 5α還元酵素の種類
- 2.1. 5α還元酵素Ⅰ型(5α-Reductase Type 1)
- 2.2. 5α還元酵素Ⅱ型(5α-Reductase Type 2)
- 3. 5α還元酵素の活性調整
- 3.1. 5α還元酵素の活性調整
- 3.1.1. ホルモンの影響
- 3.1.2. 遺伝的要因
- 3.1.3. 環境的要因
- 3.2. 異常な生成と疾患
- 3.2.1. 過剰生成
- 3.2.2. 低下または欠損
- 4. 5α還元酵素とAGA
- 4.1. AGAとは?
- 4.1.1. 進行性
- 4.1.2. 部位特異性
- 4.1.3. 男性ホルモンの影響
- 4.2. DHTの影響
- 4.2.1. 毛包のミニチュア化
- 4.2.2. 成長期の短縮
- 4.2.3. 脱毛の進行
- 4.3. 5α還元酵素の関与
- 5. 5α還元酵素の抑制方法
- 5.1. 医薬品による治療
- 5.1.1. フィナステリド(プロペシアなど)
- 5.1.2. デュタステリド(ザガーロなど)
- 5.1.2.1. 副作用やリスク
- 6. 5α還元酵素とその他の疾患
- 6.1. 前立腺肥大症
- 6.2. ニキビや脂漏性皮膚炎
- 6.3. 多毛症および体毛の発達異常
- 6.4. 停留精巣や男性不妊
- 7. まとめ
5α還元酵素の基本的な役割
テストステロンとDHTの変換
テストステロンは、男性ホルモンの一種で、筋肉の発達、性機能、体毛の成長など、男性らしさを特徴付ける役割を果たします。一方で、テストステロンが5α還元酵素によって変換されるDHTは、テストステロンよりも強力な作用を持ちます。
DHTは次のような役割を担います。
男性性器の発達
ジヒドロテストステロン(DHT)は、胎児期における男性性器の発達に重要な役割を果たします。胎児の段階でテストステロンが5α還元酵素(5αリダクターゼ)という酵素によってDHTに変換され、そのDHTが男性器の形成を促進します。具体的には、外性器(陰茎や陰嚢)の発達に関与し、男性としての生殖器官の特徴が形成されるのに不可欠なホルモンです。DHTの不足は、男性器の発達異常を引き起こす可能性があります。
第二次性徴の発現
DHTは思春期においても重要な役割を担い、男性の第二次性徴の発現を促します。DHTの作用により、ひげや体毛の増加、声変わり、皮脂腺の活性化が起こり、これらは男性らしい体の特徴の形成に寄与します。特に、顔や胸、陰部の毛の発達はDHTの影響が大きいとされています。DHTの働きが過剰または不足すると、体毛の濃さや皮脂の分泌量に影響が出ることがあります。
成人期の生理機能
DHTは前立腺の成長と機能維持においても重要な役割を担います。思春期以降、DHTの働きによって前立腺が発達し、精液の成分を分泌する機能が活性化されます。しかし、DHTの過剰分泌は前立腺肥大や前立腺がんの病勢を進行させる要因となることが知られています。
5α還元酵素の種類
5α還元酵素には、以下の2つの主要なタイプがあります。
5α還元酵素Ⅰ型(5α-Reductase Type 1)
5α還元酵素Ⅰ型は、テストステロンをDHTに変換する酵素の一つで、主に皮膚や肝臓に多く分布しています。この酵素は特に皮脂腺で活発に働き、皮脂の分泌を促進する役割を果たします。このため、脂漏性皮膚炎やニキビなどの皮膚疾患と関連する場合があります。Ⅰ型酵素は全身に広範囲に存在しており、DHT生成に関して全体的な寄与が大きいものの、AGAなどの局所的な症状に与える影響はⅡ型に比べて限定的です。また、皮膚におけるDHT生成が体毛の成長や性徴の維持にも関与しています。治療薬としてはデュタステリドが、Ⅰ型とⅡ型の両方を抑制する効果を持ち、Ⅱ型のみを抑制するフィナステリドと比べてより強力なDHT抑制が期待できます。
5α還元酵素Ⅱ型(5α-Reductase Type 2)
5α還元酵素Ⅱ型は、テストステロンをDHTに変換する酵素で、主に毛包、前立腺、精巣に多く分布しています。この酵素は、特定の組織で高濃度のDHTを生成することにより、AGAや前立腺肥大などの症状に深く関与します。毛包内ではDHTがアンドロゲン受容体と結合し、毛周期を乱して毛包のミニチュア化を進行させることで髪が細くなる原因となります。また、前立腺ではDHTが過剰生成されることで前立腺組織の肥大を引き起こします。
Ⅱ型酵素を標的とした治療薬にはフィナステリドがあり、特に毛包や前立腺におけるDHT生成を効果的に抑制します。さらに、デュタステリドはⅠ型とⅡ型の両方を阻害することで、より強力なDHT抑制を有します。ただし、毛包における酵素活性の約80%程度をⅡ型が担っているため、AGA治療ではフィナステリドだけでも十分な効果が期待できます。
5α還元酵素の活性調整
5α還元酵素は、テストステロンをジヒドロテストステロン(DHT)に変換する酵素であり、体内で男性ホルモンの活性を調整する重要な役割を担っています。この酵素は、細胞内で特定のプロセスを経て生成されますが、その過程は遺伝子レベルの制御を受けています。本項目では、5α還元酵素がどのように調整されるのか、その過程を紹介します。
5α還元酵素の活性調整
5α還元酵素の活性は、以下の因子によって調整されます。
ホルモンの影響
- ゴナドトロピン(LH):性ホルモンの生成を調節するゴナドトロピンが増加すると、5α還元酵素の活性が高まります。
- テストステロン濃度:テストステロン濃度の増加が5α還元酵素の活性を促進します。
遺伝的要因
SRD5A遺伝子の多型(遺伝的変異)は、5α還元酵素の生成量や活性に影響を与えます。これがAGA(男性型脱毛症)や前立腺疾患のリスクに関わっています。
環境的要因
- 年齢:加齢とともに5α還元酵素の活性が変化します。特に2型酵素の活性は、中年期以降に増加する傾向があります。
- 栄養状態:特定の栄養素(亜鉛やビタミンD)は酵素の活性を調整する可能性があります。
異常な生成と疾患
5α還元酵素の生成や活性に異常がある場合、以下のような疾患や症状が発生します。
過剰生成
- AGA(男性型脱毛症):主に毛包の5α還元酵素Ⅱ型が過剰に働くことで、DHTの生成が増加し、毛包がミニチュア化して脱毛が進行します。
- 前立腺肥大症:前立腺におけるⅡ型酵素の活性化が、DHT濃度を高めて前立腺組織の肥大を引き起こします。
低下または欠損
- 5α還元酵素欠損症:遺伝的要因により酵素が正常に生成されない疾患で、男性胎児では性器の分化異常が起こる場合があります。
5α還元酵素とAGA
AGAとは?
AGA(Androgenetic Alopecia|男性型脱毛症)は、遺伝的要因やホルモンバランスの変化によって引き起こされる脱毛症です。特に、DHTが毛包に悪影響を及ぼし、髪の毛の成長サイクルを短縮させることで進行します。以下はAGAの主な特徴です。
進行性
AGAは時間とともに脱毛が徐々に進行する特性を持ちます。初期には、髪が細くなったり、ボリュームが減少する程度ですが、放置すると毛包がミニチュア化していって完全に機能を失います。そして新たな髪の生成が停止して、地肌が目立つ状態へ進行します。進行の速さや程度は個人差があり、遺伝的要因、DHTの影響を受けやすい体質、年齢等によって異なります。
部位特異性
AGAの脱毛は頭頂部や前頭部(いわゆる生え際)に集中して現れるのが特徴です。これらの部位にはDHTの影響を受けやすい毛包が多く分布しているためです。一方、後頭部や側頭部の毛包はDHTの影響を受けにくく、脱毛が起こりにくい特徴を持ちます。(この性質を利用して自毛植毛術が行われます。)
男性ホルモンの影響
DHTはテストステロンから5α還元酵素によって生成されるホルモンで、特に毛包内での影響が強いです。DHTが毛包のアンドロゲン受容体と結合することで、毛周期を乱していき、毛包が縮小し、髪の成長が抑制されます。DHTの濃度が高いほど影響が顕著であり、遺伝的要因でDHTの感受性が高い人ほどAGAが進行しやすくなります。
DHTの影響
毛包には、アンドロゲン受容体というDHTに対する感受性が高い部位があります。DHTが毛包内のこの受容体と結合すると、以下の現象が起こります。
毛包のミニチュア化
DHTの影響を受けた毛包は小型化し、従来よりも細い毛や産毛しか生えなくなります。毛包が収縮すると栄養供給も低下し、毛髪が太く長く成長する前に抜け落ちます。
成長期の短縮
健康な毛髪の成長サイクルは3~7年程度ですが、DHTの影響を受けるとこの期間が短縮されます。場合によっては数ヶ月で成長期が終了して、髪の毛が脱落します。成長期が短縮すると、休止期が相対的に長くなり、毛髪が少ない状態が長く続くこととなります。
脱毛の進行
毛が抜けやすくなり、新たに生える髪も細くなるため、全体的な髪のボリュームが減少します。これが進行すると地肌が目立つ状態になります。
5α還元酵素の関与
特に5α還元酵素Ⅱ型は、頭頂部と前頭部の毛包においてDHTの生成を引き起こし、AGAの進行に大きく関与します。そのため、この酵素を抑制することでAGAの進行を遅らせたり、止めたりすることが期待できます。
5α還元酵素の抑制方法
5α還元酵素は、テストステロンをジヒドロテストステロン(DHT)に変換する酵素であり、AGAや前立腺肥大の原因物質となるDHTの生成に大きく関与します。この酵素を抑制することで、DHTの生成を減少させ、脱毛症状の進行を遅らせたり改善したりすることが期待されます。以下に、医薬品による5α還元酵素抑制の方法を紹介していきます。
医薬品による治療
医薬品による治療は、5α還元酵素の抑制において最も効果的な方法とされています。現在、承認されている治療薬には以下のものがあります。いずれも必ず医師の指示に従って、用法・用量を守って使用するようにしましょう。
フィナステリド(プロペシアなど)
- 作用機序: フィナステリドは主に5α還元酵素Ⅱ型を阻害し、DHTの生成を抑制します。頭皮や前立腺に多く分布するこの酵素の働きを抑えることで、毛包へのDHTの悪影響を減少させます。
- 効果: 使用から6ヶ月程度で抜け毛の抑制や髪の維持効果が見られることが多いです。
- 使用方法: 1日1回、1mgの錠剤を経口服用。継続的な服用が必要であり、治療を中止すると効果がなくなります。
デュタステリド(ザガーロなど)
- 作用機序: デュタステリドは5α還元酵素のⅠ型とⅡ型の両方を阻害するため、より広範囲にDHTの生成を抑制できます。この特性により、フィナステリドに比べて強力な抑制効果があります。
- 効果: フィナステリドよりも強力で、特に脱毛症が進行している場合やフィナステリドで効果が見られない場合に有効。強力な分、副作用もフィナステリドよりも強く表れる可能性があります。
- 使用方法: 1日1回、0.5mgを経口服用。継続的な服用が必要であり、治療を中止すると効果がなくなります。
副作用やリスク
5α還元酵素を抑制する薬には副作用もあります。主なものは以下の通りです。
- 性欲減退: DHTの減少に伴い、性欲や精液量の低下が起こる可能性があります。
- 勃起不全(ED): 一部の男性で、DHT抑制が性機能に影響を及ぼすことがあります。バイアグラなどのED治療薬を併用することは問題ありません。
- 精神的影響: 非常に稀ですが、うつ症状や気分の落ち込みが見られることがあります。
- 妊婦への影響: 特に男児の胎児において生殖器の発達に悪影響を与える可能性があるため、妊娠中の女性は薬剤に触れないよう注意が必要です。
- 総運動精子数の低下:精子の数や運動率が低下する可能性があります。一般的に精子の数や運動率は、妊娠に必要な最低限のラインを大きく上回っていることが多いため、問題とならないことも多いです。しかし、精索静脈瘤など、男性不妊のリスクとなる何らかの病気があり元々の精子数が少ない方の場合は、薬の影響でさらに精子数が減ってしまうと妊娠成功率が下がることとなります。このことから、不妊治療などを行う場合には5α還元酵素阻害薬の休薬を勧められることが多いです。服薬を中止すれば精子数は元に戻っていきますが、フィナステリドと比べるとデュタステリドの方が、元に戻るのに時間がかかる傾向にあるようです。
- 前立腺腫瘍マーカー(PSA)の低下:前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSA(前立腺特異抗原)の数値を下げる働きがあります。このことから、健康診断や人間ドックなどでPSAを測定する場合は、必ず5α還元酵素阻害薬を服用していることを申告していただく必要があります。なお、5α還元酵素阻害薬により前立腺がんの発生リスクが上がることはありません。
5α還元酵素とその他の疾患
5α還元酵素は、ジヒドロテストステロン(DHT)の生成に関与し、AGA以外にもいくつかの疾患に関連しています。以下に代表的な疾患を詳しく説明します。
前立腺肥大症
DHTは前立腺の成長を促進するため、5α還元酵素の活性が高いと前立腺肥大の原因となる可能性があります。これにより、排尿困難や頻尿といった症状が現れることがあります。先に挙げたフィナステリドやデュタステリドのような5α還元酵素阻害薬は、元々は前立腺の縮小と症状の改善を目的として使用されていました。
ニキビや脂漏性皮膚炎
5α還元酵素Ⅰ型は皮脂腺に多く分布しており、DHTの生成を通じて皮脂の過剰分泌を引き起こします。これがニキビや脂漏性皮膚炎の原因の一つとして知られています。この影響を抑えることで、皮膚症状の改善が期待される場合があります。
多毛症および体毛の発達異常
DHTの影響で体毛が過剰に増える多毛症が発症することがあります。一方で、過剰なDHT抑制により体毛の成長が低下する場合もあります。このバランスは性別や個々のホルモン状態により異なります。
停留精巣や男性不妊
DHTは胎児期における男性生殖器の発達にも関与しています。不足すると停留精巣や生殖器形成異常が起こる可能性があり、成人男性では生殖能力にも影響を与える場合があります。
まとめ
5α還元酵素は、テストステロンを強力なアンドロゲンであるDHTに変換する重要な酵素であり、AGAの進行に直接的に関与します。そのため、この酵素を適切に抑制することは、AGA治療の基本となります。AGA治療において、5α還元酵素阻害薬(フィナステリドやデュタステリド)の使用は非常に効果的な治療手段ですが、副作用や個人差があるため、専門医の指導のもとで使用するよう心掛けておきましょう。また、薬物治療に加えて、生活習慣の改善などを取り入れることで、より効果的にAGAの進行を抑えることが期待できますし、場合によってはミノキシジルや植毛などのAGA治療も選択肢として検討しても良いかと思います。
1998年よりAGA治療・自毛植毛専門院としての実績を持つ紀尾井町クリニックでは、フィナステリドやデュタステリドといった5α還元酵素阻害薬をはじめ、ミノキシジルといったAGA治療薬は勿論、国内でも数少ない植毛技術を持つ(FUT法とFUE法の両方に対応可能)AGA治療専門のクリニックです。経験豊富な医師が個別にお悩みをじっくりとお伺いさせて頂き、一緒にAGA・薄毛治療プランを考えております。AGA・薄毛でお悩みの方、植毛を検討されていらっしゃる方はお気軽にご相談下さい。
AGA治療・自毛植毛|紀尾井町クリニック
日本泌尿器科学会専門医・同指導医
国際毛髪外科学会 会員
医師 中島 陽太