アンドロゲン受容体とは?【医師監修】

アンドロゲン受容体(Androgen Receptor|AR)とは?

 アンドロゲン受容体(Androgen Receptor|AR)は、ホルモンであるアンドロゲン(男性ホルモン)を感知するタンパク質であり、体内で多くの重要な生理的プロセスに関与しています。この受容体は特に男性において重要とされがちですが、実は女性の健康にも大きく影響します。本コラムでは、アンドロゲン受容体の基礎知識、働き、そしてAGAとの関係や関連疾患について紹介していきます。

アンドロゲン受容体の基本的な役割

 アンドロゲン受容体(Androgen Receptor, AR)は、体内でアンドロゲン(男性ホルモン)の作用を細胞に伝える重要なタンパク質であり、生殖機能や身体の発達、健康維持において中心的な役割を果たします。この受容体は、核内受容体というタンパク質群に属し、アンドロゲンが細胞に直接作用するための鍵となります。以下では、アンドロゲン受容体の基本的な働きとその影響について詳しく説明します。

アンドロゲン受容体の基本メカニズム

 アンドロゲン受容体は細胞内で以下のように機能します。

アンドロゲンとの結合

 アンドロゲン(テストステロンジヒドロテストステロン(DHT))が血液中を運ばれ、細胞膜を通過して細胞内のアンドロゲン受容体と結合します。

核への移行と遺伝子発現の調節

 アンドロゲンが結合すると、受容体が形状を変化させて活性化します。その後、細胞の核内に移動し、特定のDNA配列に結合することで、遺伝子の発現を制御します。これにより、アンドロゲンが指示する生理的な変化が起こります。

タンパク質合成の誘導

 発現が調整された遺伝子によってタンパク質の合成が開始され、これが体内のさまざまな機能に影響を与えます。

主要な役割

性ホルモンの作用の媒介

 アンドロゲン受容体は、テストステロンやDHTの作用を細胞に伝えることで、以下のような性ホルモンの働きを引き出します。

  • 男性の第二次性徴の発現:思春期における筋肉の発達、声変わり、体毛の増加、精巣や陰茎の成長など。
  • 精子形成の促進:精巣での精子生成を促す。

骨と筋肉の健康維持

 アンドロゲン受容体は、筋肉量を増加させ、骨密度を維持する役割を担います。男性において特に筋肉の発達が顕著であるのは、アンドロゲン受容体がこれらの組織で強く作用しているためです。骨密度の低下は、アンドロゲン受容体の機能が低下した場合に見られることが多いです。

毛髪と皮膚への影響

 アンドロゲン受容体は、毛髪や皮膚の状態にも関わっています。体毛の発育を促す一方で、頭皮では逆に毛包の縮小を引き起こし、薄毛(特にAGA|男性型脱毛症)をもたらすことがあります。また、皮脂腺の活動を活発化させるため、アクネ(にきび)の発生にも関与します。

前立腺の発達と健康維持

 アンドロゲン受容体は前立腺の成長を促進します。これは正常な機能維持に必要ですが、過剰な活性化は前立腺肥大や前立腺がんなどの病勢を進行させる要因にもなります。

中枢神経系での役割

 アンドロゲン受容体は、脳内でも作用します。男性ホルモンは気分や行動にも影響を与え、アンドロゲン受容体を通じて集中力や記憶力、さらにはリスクを取る行動などに関与していると考えられています。

影響を受ける因子

 アンドロゲン受容体の働きは、以下の因子によって調整されます。

  • アンドロゲン濃度:テストステロンやDHTの量が多いほど、アンドロゲン受容体の作用が増強されます。
  • 遺伝子の変異:アンドロゲン受容体をコードするAR遺伝子に変異があると、機能が低下し、アンドロゲン不応症などの疾患が引き起こされます。
  • 生活習慣:運動や食事などがアンドロゲン受容体の活性に影響を及ぼします。

アンドロゲン受容体とAGA

 AGA(Androgenetic Alopecia|男性型脱毛症)は、男性の薄毛の最も一般的な原因であり、その進行にはアンドロゲン受容体が深く関わっています。AGAは遺伝的要因とホルモンの影響を受けて進行する脱毛症で、特に頭頂部と前頭部の毛髪が薄くなる特徴があります。この項目では、アンドロゲン受容体とAGAの関係について詳しく解説します。

アンドロゲン受容体とホルモン

 AGAは、主にジヒドロテストステロン(DHT)というホルモンによって引き起こされます。DHTはテストステロンから5α還元酵素(5αリダクターゼ)という酵素によって変換される強力なアンドロゲンであり、頭皮の毛包に影響を与えることでAGAを引き起こします。

DHTの影響

 DHTは、毛包の中のアンドロゲン受容体と結合することで作用します。通常毛髪は毛周期といわれる、成長期(アナゲン期)、退行期(カタゲン期)、休止期(テロゲン期)の3つのサイクルを経て生え変わっていますが、この結合が引き金となり、成長期が短くなって休止期が延長します。その結果、毛髪が徐々に細く短くなり、薄毛状態になっていきます。

アンドロゲン受容体の役割

 DHTが毛包に影響を与えるには、毛包内のアンドロゲン受容体が必要です。この受容体はDHTを感知し、細胞内で脱毛を引き起こすシグナルを活性化します。特に頭頂部や前頭部の毛包にはアンドロゲン受容体が多く存在しており、これがAGAの進行パターンに影響を与えると考えられています。

アンドロゲン受容体の遺伝的要因

 AGAの発症には遺伝が関与していますが、アンドロゲン受容体をコードするAR遺伝子がその鍵を握る重要な要素です。研究によれば、AR遺伝子の特定のバリアント(変異)がAGAのリスクを高めることが分かっています。

X染色体上のAR遺伝子

 AR遺伝子はX染色体に位置しており、母親から子供に遺伝します。このため、母方の家系にAGAの方がいる男性は、AGAを発症するリスクが高いとされています。

 遺伝的多型とAGAの関連性

 AR遺伝子の中には、DHTに対する感受性を高める特定の多型(遺伝的な変異)が存在します。この多型を持つ毛包では、DHTとアンドロゲン受容体の結合が促進され、AGAが進行しやすくなります。

AGAの進行と症状

 アンドロゲン受容体とDHTの影響を受けたAGAは、次のような段階で進行します。

初期症状

  • 前頭部の生え際が後退し始める
  • 頭頂部の毛が細くなり、密度が低下する

進行期

  • 生え際と頭頂部の薄毛が広がり、部分的に地肌が見える
  • 毛髪全体の太さや長さが不揃いになり、目立つ薄毛になる

末期症状

  • 生え際から頭頂部にかけてほぼ完全に脱毛する
  • 側頭部と後頭部の毛髪は比較的残ることが多い(これがAGAの特徴)

 下記の図はAGAによる薄毛の進行を分類する際によく用いられる「ハミルトン・ノーウッド分類」です。主に頭頂部から進行するO字型の脱毛と、前頭部から進行するM字型(生え際)、U字型(前頭部)があります。

ハミルトン・ノーウッド分類

AGA治療におけるアンドロゲン受容体のターゲット

 AGAの治療は、DHTの生成やアンドロゲン受容体への結合を抑えることで進行を止めることが目的となります。主に以下の治療法が利用されています。

5α還元酵素(5αリダクターゼ)阻害薬

  • フィナステリドデュタステリドが代表的です。
  • これらの薬は、DHTの生成を抑え、アンドロゲン受容体への結合を間接的に減少させます。
  • 特に頭皮におけるDHTの濃度を低下させ、短くなった毛周期を正常化させます。

 抗アンドロゲン薬

 スピロノラクトンやフルタミドといった薬は、DHTがアンドロゲン受容体と結合するのを直接阻害します。特に女性の脱毛症治療で使用されることが多いです。

外用薬

 ミノキシジルは毛包に直接作用し、血行を改善して毛髪の成長を促進しますが、アンドロゲン受容体には直接影響しません。

生活習慣の改善

 栄養バランスの取れた食事、ストレスの管理、適度な運動、良質な睡眠などは、AGA治療を補助する要素として推奨されます。

アンドロゲン受容体とその他関連疾患

 アンドロゲン受容体(Androgen Receptor, AR)は、男性ホルモン(アンドロゲン)を細胞に伝える重要なタンパク質であり、体内のさまざまな組織で働いています。その影響は生殖機能や髪の成長だけでなく、内臓や皮膚、筋肉、骨など幅広い領域に及びます。そのため、アンドロゲン受容体の異常や過剰な活性化、機能低下は多くの疾患の原因となる可能性があります。本項目では、AGA(男性型脱毛症)以外のアンドロゲン受容体に関連する主な疾患について紹介していきます。

前立腺肥大および前立腺がん

前立腺肥大症

 前立腺肥大症は、前立腺が過剰に成長して尿路を圧迫する疾患です。この疾患にはアンドロゲン、特にジヒドロテストステロン(DHT)とアンドロゲン受容体が関与しています。

  • 前立腺細胞はアンドロゲン受容体が豊富に発現しており、DHTが結合することで細胞の成長が促進されます。
  • 年齢を重ねると、前立腺細胞の増殖が制御されなくなり、肥大症が進行します。徐々に夜間頻尿や残尿感などの症状が出現し、酷くなると全く尿が出なくなる「尿閉」状態になることもあります。

 治療としては、頻尿などの症状を抑えるαブロッカー(例:ハルナール、ユリーフ、フリバス)、DHTの生成を抑える5αリダクターゼ阻害薬(例:デュタステリド)が一般的です。

前立腺がん

 前立腺がんは、アンドロゲン受容体が癌細胞の増殖を促進することで進行することが知られています。

  • 前立腺がん細胞は通常の前立腺細胞と同様にDHTに反応しますが、がん化するとアンドロゲン受容体の感受性が高まる場合があります。
  • 特に進行した前立腺がんでは、アンドロゲン非依存性の状態(アンドロゲンがなくても受容体が活性化する)が見られることがあります。

 治療では、抗アンドロゲン薬(例:ビカルタミド)や去勢(物理的去勢、化学的去勢)によるホルモン療法や、手術療法、放射線療法などが行われます。進行例では抗がん剤治療を行うこともあります。

アンドロゲン不応症(AIS)

 アンドロゲン不応症(Androgen Insensitivity Syndrome, AIS)は、アンドロゲン受容体の異常が原因で、アンドロゲンが正常に作用しなくなる疾患です。これは遺伝性の疾患で、AR遺伝子の変異が原因となります。AISには完全型、中間型、部分型の3つのタイプがあります。症状はアンドロゲン受容体の機能不全の程度によって異なります。

  • 完全型(CAIS):アンドロゲン受容体が全く機能しない場合、外性器が女性型になり、男性としての第二次性徴が現れません。
  • 部分型(PAIS):アンドロゲン受容体が部分的に機能するため、性器や性徴が中間的な形態を取ります。
  • 軽度型(MAIS):外性器は男性型ですが、精子形成の低下や不妊が見られることがあります。

 治療は症状に応じて異なり、ホルモン補充療法や外科的手術が行われる場合があります。AISは患者個々の特性に応じた個別的な対応が必要です。

多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)

 多嚢胞性卵巣症候群(Polycystic Ovary Syndrome, PCOS)は、女性においてアンドロゲン受容体が過剰に活性化することで発生すると考えられる疾患です。PCOSは、生殖年齢の女性に多く見られ、以下のような症状を伴います

  • 月経不順
  • 男性型脱毛(頭頂部の薄毛)
  • 多毛症(顔や体毛の増加)
  • にきび

 これらの症状は、アンドロゲンが過剰に作用し、受容体が活性化されることで発生します。不妊症の原因になることもあります。PCOSの治療では、アンドロゲン作用を抑制する薬(例:スピロノラクトン)や経口避妊薬が使用されます。

サルコペニア(筋肉量の減少)

 アンドロゲン受容体は筋肉量の維持にも関与しています。年齢とともにアンドロゲンレベルが低下することにより、アンドロゲン受容体が十分に活性化されなくなり、サルコペニア(筋肉量の減少)を引き起こします。

  • 筋力低下
  • 骨折のリスク増加
  • 身体機能の低下

 運動やタンパク質の摂取に加え、男性ホルモン補充療法(Testosterone Replacement Therapy, TRT)が検討される場合があります。ただし、過剰なアンドロゲン補充は多血症など、他の疾患を引き起こす可能性があるため注意が必要です。

皮膚疾患(にきびや脂漏性皮膚炎)

 皮脂腺にもアンドロゲン受容体が多く存在し、DHTの影響を受けやすい組織の一つです。その結果、にきび脂漏性皮膚炎などの皮膚疾患が発生することがあります。

にきび

 DHTが皮脂腺を刺激して過剰な皮脂分泌を引き起こし、毛穴の詰まりや炎症を誘発します。思春期に多いのは、アンドロゲンレベルが急激に上昇するためです。

脂漏性皮膚炎

 皮脂の過剰分泌が原因で頭皮や顔に炎症を引き起こし、フケやかゆみが発生します。アンドロゲンはこの症状の悪化に寄与します。

にきびや脂漏性皮膚炎の治療には、抗アンドロゲン薬や局所治療薬(ケトコナゾールシャンプー、レチノイド、抗菌薬)が使用されます。

まとめ

 アンドロゲン受容体は、男性ホルモンの作用を媒介する重要なタンパク質であり、体内で多くの生理作用を担っています。その異常はAGAや前立腺がんなどの疾患を引き起こす可能性があるため、適切な理解と管理が重要になってきます。
 1998年よりAGA治療・自毛植毛専門院としての実績を持つ紀尾井町クリニックでは、フィナステリドやデュタステリド、ミノキシジルといったAGA治療薬は勿論、国内でも数少ない植毛技術を持つ(FUT法とFUE法の両方に対応可能)AGA治療専門のクリニックです。経験豊富な医師が個別にお悩みをじっくりとお伺いさせて頂き、一緒にAGA・薄毛治療プランを考えております。AGA・薄毛でお悩みの方、植毛を検討されていらっしゃる方はお気軽にご相談下さい。

AGA治療・自毛植毛|紀尾井町クリニック
日本泌尿器科学会専門医・同指導医
国際毛髪外科学会 会員
医師 中島 陽太